たとえば小惑星から地球へ移動するにも周期の問題がある。火星と地球はいつも一定の距離をくるくると太陽の周りを回っているわけではなく、ばらばらに回っているのだ。だから再接近時が2年に1度などという「すげえ田舎のバスの停留所だな」みたいな自体が簡単に起こりえるのだ。月で水を採掘しようと思えば(水は月表面にとどまらず、水蒸気は太陽光によってあっという間に拡散してしまうが永久に影になっている部分には水が存在する)、地球との環境の差を考えないわけにはいかない。月の1日は地球の約27日。その間中緯度にいれば太陽浴びまくりだがその後は何週間も光のまったく届かない極寒のなかにいなければんらない。

かように宇宙空間に人間の生活基盤を築こうとすると地球での常識などはあっという間に消し飛んでしまう。これはどの短編でも実感させられることではあるが、人類は、宇宙では、基本的に、生存できないのだ。地球のようになにもしなくても少なくとも7日間は生きていけるなんて悠長な環境ではない。空気が漏れたらそれだけで死ぬ。何か環境上のミスが起こったら死ぬという過酷な環境の話なのだ。そうした困難さを描いたハードSF小惑星物として本作は他に類をみないのオリジナリティをはなっているし、だからこそ刺さる人には強烈に刺さる。僕はそのディティールに完全に引き寄せられてしまう類の人間である。

アステロイド・マイナーズ by あさりよしとお - 基本読書 (via ginzuna)

(via kikuzu)

アイスバケツで思ったんだが、ネットで広まった洒落っ気のある慈善行為?で本当に面白かったのは、「27時間テレビより先に海岸のゴミを掃除してしまおう」の2ちゃん企画くらいではなかろうか。

Twitter / tadataru (via gearmann)

(via juk1)

同級生っていうのは電車に一緒に乗ってた乗客みたいなもんで 駅に付いて降りたらまた他人みたいなもの

水色:   (via compozz)

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(1)今、あなたの目の前に、あなたが「理解」できない人がいるとします。例えば、「あいつは内向きでケシカラン!」。そのときに、その人の「個人的資質の問題」を批判するのは、誰でもできることです。もちろん、それが問題かもしれません。

(2)しかし、そんなときほど、その前にひとつ「思考実験」をしてみると、「新たな視点」が得られることもあります。今、あなたの「目の前」で、「あなたが理解できない誰か」がなしている行動は、すべて「その人にとっての合理的選択なのだ」と考えることです。

(3)「この行動が合理的選択だとするならば、彼にそういう行動を選択させているもの、環境、状況は何か」と問うことです。つまり、理解できないある行動が「個人の資質」の結果生じていると考えず、何らかの社会的・物理的要因によってもたらされていると考えることです。

(4) そうすると、一見「個人の資質」だと断罪していたものが、違って見えることがあります。その人の置かれている環境、状況、境遇・・・そのようなものによって、その人が、現在の行動を「合理的」に選択している理由がわかってくる「かも」しれません。もちろん、すべてではありません。

5)そうすると、本来、変えなければならないものが「何か」わかってくるかもしれません。これは僕の経験上の話ですが、「他者の行動がわからない」ときほど、「他者は合理的な選択の結果、そういう行動をとっていること」が多いような気がします。

(6)余談ですが、僕は、あまり「強い個」というものを信じていないのです。これは僕の教育・研究すべてに通底するトーンかもしれません。「個の振る舞い」とはソーシャルで、シチュエーショナルで、環境依存であることが多い、というのが僕の信念です。

Twitter / 中原淳(なかはらじゅん) (via clione)

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